中村うさぎさん、「2人の私」が求めた欲望

相変わらず洋服は好きだが、専らザラやフォーエバー21などのファストファッション。「『いい年して』と後ろ指さされても、構わない」物欲、情欲。美しくなりたいという切望。女の業に体当たりで迫ってきた人が、車いすに座っていた。無頼であることを、何より誇りにしてきた人が。昨夏、手足が震え神経内科を受診すると、即入院と告げられた。激痛に泣き騒いだベッドの上。突然、電源をオフにした瞬間のテレビ画面のように周囲が暗転した。心肺停止だった。「3日後に意識が戻ったけど、私は一度死んだの。苦痛から解放されて楽になった、それだけ」。もう一人の自分に起きた出来事みたいに淡々と話す。3か月半入院したが病名はわからない。夫の介護がなければどこにも行けず、無力感を味わった。「考えてみたら、これまでも誰かが支えてくれてた。それに気づかず一人で生きてるつもりになってた私は傲慢だったなって。そんな感じ」<愚かな人生だったけど、私なりにやり遂げた>。著書のあとがきに記したのは4年前。「まだ書きたいことがある。使命感ていうの?生きるのが苦しい人も絶望しないでほしい。つらい思いを無駄にしないよう……」。なんだか遺言みたい。少し笑い、煙を吐き出す。1日50本のたばこは減っていない。◎私の中に2人の私がいる。そう確信したのは、ライトノベル作家になり『ゴクドーくん漫遊記』をヒットさせた、30代半ばのことだ。最初の結婚が破綻して2年。自立しようとライターとして猛烈に働いた。けた違いの印税が振り込まれ、「自分へのご褒美」とシャネルで60万円の黒革のコートを買った。なんて気持ちいいの!キリスト教精神を基盤とする私立の女子中高一貫校で育ち、「欲望は罪」のはずだった。銀行口座が空になり、水道を止められても、印税を前借りしてブランド品を買いあさった。「恐ろしかった。暴走する怪物が立ち現れて。こんな私がいたんだ、と」編集者の求めで買い物依存症の一部始終をつづる雑誌連載コラムが始まると、“2人”の分化は明確になっていく。理性を失い狂奔するのは本名の「中村典子」。書き手の「うさぎ」は、冷静に典子を腑分(ふわ)けし、リポートする。ばかじゃないの。一体あんたは何が欲しいのよ?うるさい、あんたに何がわかんの。時折、混乱した。どっちが本当の私なのか。◎買い物依存の後は、ホストにはまった。完璧な美貌を手に入れようと美容整形を繰り返し、風俗嬢になって「性的対象であること」の意味を考察した。まず体験する。体験した後で、肉体と心が発する声なき声に耳を傾ける。ひんしゅくを買おうとも、「それが私のやり方」と取り合わなかった。人間は快感に逆らえない。が、快感には同量の不快がべったりとはり付いている。典子が執着した快感は、何だったのか。「自己顕示欲、虚栄心。うらやまれる女でいたいという野卑な思い。トロフィーをゲットした気でいた。堂々巡りから脱出できたのは、言語化してきたからかな。自分の愚かさを」世界は地獄か砂漠。生きづらさ、欠落感を抱えてきたが、今は思う。「死ぬまでは生きる」価値がある、と。「いつか、昔みたいに歩いたり走ったりしたいと心の底から思っているの。ハイヒール履いて」(文・山田恵美写真・清水健司)なかむら・うさぎ1958年、福岡県生まれ。同志社大学卒。OL、コピーライターを経て作家デビュー。『私という病』『セックス放浪記』などで体験を赤裸々に描く。共にキリスト教徒である佐藤優さんとの対談集『聖書を語る』も。2月に新著『死からの生還』(文芸春秋)を刊行。2014年04月25日08時00分Copyright©TheYomiuriShimbun

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